キリスト教の祈り
詩編50
聖書の詩編50。その原文と意味を紹介します。
- 23節
- 唱える時間の目安:約1分
- 聖書より
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- 1
מִזְמ֗וֹר לְאָ֫סָ֥ף אֵ֤ל ׀ אֱֽלֹהִ֡ים יְֽהוָ֗ה דִּבֶּ֥ר וַיִּקְרָא־אָ֑רֶץ מִמִּזְרַח־שֶׁ֝֗מֶשׁ עַד־מְבֹאֽוֹ׃
ぜんのうの神ヱホバ詔命して日のいづるところより日のいるところまであまねく地をよびたまへり
- 2
מִצִּיּ֥וֹן מִכְלַל־יֹ֗פִי אֱלֹהִ֥ים הוֹפִֽיעַ׃
かみは美麗の極なるシオンより光をはなちたまへり
- 3
יָ֤בֹ֥א אֱלֹהֵ֗ינוּ וְֽאַל־יֶ֫חֱרַ֥שׁ אֵשׁ־לְפָנָ֥יו תֹּאכֵ֑ל וּ֝סְבִיבָ֗יו נִשְׂעֲרָ֥ה מְאֹֽד׃
われらの神はきたりて默したまはじ火その前にものをやきつくし暴風その四周にふきあれん
- 4
יִקְרָ֣א אֶל־הַשָּׁמַ֣יִם מֵעָ֑ל וְאֶל־הָ֝אָ֗רֶץ לָדִ֥ין עַמּֽוֹ׃
神はその民をさばかんとて上なる天および地をよびたまへり
- 5
אִסְפוּ־לִ֥י חֲסִידָ֑י כֹּרְתֵ֖י בְרִיתִ֣י עֲלֵי־זָֽבַח׃
いはく祭物をもて我とけいやくをたてしわが聖徒をわがもとに集めよと
- 6
וַיַּגִּ֣ידוּ שָׁמַ֣יִם צִדְק֑וֹ כִּֽי־אֱלֹהִ֓ים ׀ שֹׁפֵ֖ט ה֣וּא סֶֽלָה׃
もろもろの天は神の義をあらはせり 神はみづから審士たればなり セラ
- 7
שִׁמְעָ֤ה עַמִּ֨י ׀ וַאֲדַבֵּ֗רָה יִ֭שְׂרָאֵל וְאָעִ֣ידָה בָּ֑ךְ אֱלֹהִ֖ים אֱלֹהֶ֣יךָ אָנֹֽכִי׃
わが民よきけ我ものいはんイスラエルよきけ我なんぢにむかひて證をなさん われは神なんぢの神なり
- 8
לֹ֣א עַל־זְ֭בָחֶיךָ אוֹכִיחֶ֑ךָ וְעוֹלֹתֶ֖יךָ לְנֶגְדִּ֣י תָמִֽיד׃
わがなんぢを責るは祭物のゆゑにあらず なんぢの燔祭はつねにわが前にあり
- 9
לֹא־אֶקַּ֣ח מִבֵּיתְךָ֣ פָ֑ר מִ֝מִּכְלְאֹתֶ֗יךָ עַתּוּדִֽים׃
我はなんぢの家より牡牛をとらず なんぢの牢より牡山羊をとらず
- 10
כִּי־לִ֥י כָל־חַיְתוֹ־יָ֑עַר בְּ֝הֵמ֗וֹת בְּהַרְרֵי־אָֽלֶף׃
林のもろもろのけもの山のうへの千々の牲畜はみなわが有なり
- 11
יָ֭דַעְתִּי כָּל־ע֣וֹף הָרִ֑ים וְזִ֥יז שָׂ֝דַ֗י עִמָּדִֽי׃
われは山のすべての鳥をしる 野のたけき獣はみなわがものなり
- 12
אִם־אֶ֭רְעַב לֹא־אֹ֣מַר לָ֑ךְ כִּי־לִ֥י תֵ֝בֵ֗ל וּמְלֹאָֽהּ׃
世界とそのなかに充るものとはわが有なれば縦ひわれ饑るともなんぢに告じ
- 13
הַֽ֭אוֹכַל בְּשַׂ֣ר אַבִּירִ֑ים וְדַ֖ם עַתּוּדִ֣ים אֶשְׁתֶּֽה׃
われいかで牡牛の肉をくらひ牡山羊の血をのまんや
- 14
זְבַ֣ח לֵאלֹהִ֣ים תּוֹדָ֑ה וְשַׁלֵּ֖ם לְעֶלְי֣וֹן נְדָרֶֽיךָ׃
感謝のそなへものを神にささげよ なんぢのちかひを至上者につくのへ
- 15
וּ֭קְרָאֵנִי בְּי֣וֹם צָרָ֑ה אֲ֝חַלֶּצְךָ֗ וּֽתְכַבְּדֵֽנִי׃
なやみの日にわれをよべ我なんぢを援けん而してなんぢ我をあがむべし
- 16
וְלָ֤רָשָׁ֨ע ׀ אָ֘מַ֤ר אֱלֹהִ֗ים מַה־לְּ֭ךָ לְסַפֵּ֣ר חֻקָּ֑י וַתִּשָּׂ֖א בְרִיתִ֣י עֲלֵי־פִֽיךָ׃
然はあれど神あしきものに言給く なんぢは敎をにくみ わが言をその後にすつるものなるに何のかかはりありてわが律法をのべ わがけいやくを口にとりしや
- 17
וְ֭אַתָּה שָׂנֵ֣אתָ מוּסָ֑ר וַתַּשְׁלֵ֖ךְ דְּבָרַ֣י אַחֲרֶֽיךָ׃
然はあれど神あしきものに言給く なんぢは敎をにくみ わが言をその後にすつるものなるに何のかかはりありてわが律法をのべ わがけいやくを口にとりしや
- 18
אִם־רָאִ֣יתָ גַ֭נָּב וַתִּ֣רֶץ עִמּ֑וֹ וְעִ֖ם מְנָאֲפִ֣ים חֶלְקֶֽךָ׃
なんぢ盗人をみれば之をよしとし姦淫をおこなふものの伴侶となれり
- 19
פִּ֭יךָ שָׁלַ֣חְתָּ בְרָעָ֑ה וּ֝לְשׁוֹנְךָ֗ תַּצְמִ֥יד מִרְמָֽה׃
なんぢその口を惡にわたす なんぢの舌は詭計をくみなせり
- 20
תֵּ֭שֵׁב בְּאָחִ֣יךָ תְדַבֵּ֑ר בְּבֶֽן־אִ֝מְּךָ֗ תִּתֶּן־דֹּֽפִי׃
なんぢ坐りて兄弟をそしり己がははの子を誣ののしれり
- 21
אֵ֤לֶּה עָשִׂ֨יתָ ׀ וְֽהֶחֱרַ֗שְׁתִּי דִּמִּ֗יתָ הֱֽיוֹת־אֶֽהְיֶ֥ה כָמ֑וֹךָ אוֹכִיחֲךָ֖ וְאֶֽעֶרְכָ֣ה לְעֵינֶֽיךָ׃
汝これらの事をなししをわれ默しぬれば なんぢ我をおのれに恰にたるものとおもへり されど我なんぢを責めてその罪をなんぢの目前につらぬべし
- 22
בִּֽינוּ־נָ֣א זֹ֭את שֹׁכְחֵ֣י אֱל֑וֹהַּ פֶּן־אֶ֝טְרֹ֗ף וְאֵ֣ין מַצִּֽיל׃
神をわするるものよ今このことを念へ おそらくは我なんぢを抓さかんとき助るものあらじ
- 23
זֹבֵ֥חַ תּוֹדָ֗ה יְֽכַ֫בְּדָ֥נְנִי וְשָׂ֥ם דֶּ֑רֶךְ אַ֝רְאֶ֗נּוּ בְּיֵ֣שַׁע אֱלֹהִֽים׃
感謝のそなへものを献るものは我をあがむ おのれの行爲をつつしむ者にはわれ神の救をあらはさん
文言:Japanese Bible, Meiji translation (1887) and Taisho revision (1917). ここに記載の版から一字一句そのまま転載
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祈る場面
多くのキリスト教徒は、個人の祈りや共同の礼拝で、特に感謝や自らの信仰の誠実さについて思いを巡らすときに、詩編50を唱えます。伝統的にこの詩編は、外面的な宗教的行為だけに頼るのではなく、自らの行いを省み、感謝をささげるよう人々を招くものとされています。
由来
詩編50は、聖書の『詩編』に収められており、もともとはヘブライ語で書かれました。その表題では、古代イスラエルの礼拝や聖なる音楽にゆかりのあるアサフの作とされています。詩編の番号は聖書の伝統によって異なるため、キリスト教の祈祷書によっては、同じ番号が別の詩編を指すことがあります。

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詩編50についての質問
詩編50は何節ありますか?
詩編50は23節あります。
詩編50は何について述べていますか?
神がご自分の民に、その礼拝と行いについて責任を問う姿を描いています。従順を伴わずにささげられるいけにえよりも、感謝、誠実さ、そして信仰に忠実な生き方を重んじています。
詩編50は誰が書いたのですか?
聖書の表題ではアサフの作とされています。ただし、この伝統的な帰属によって、成立の詳しい事情まで明らかになるわけではありません。
詩編50が別の本文を指すことがあるのはなぜですか?
ヘブライ語聖書とギリシア語聖書の伝統では、一部の詩編の番号が異なります。ギリシア語聖書の番号に従う祈祷書では、詩編50はアサフの作とされる詩編ではなく、神の憐れみを願う言葉で始まる悔い改めの詩編を指します。


















